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東京高等裁判所 平成6年(行コ)112号 判決

控訴人(原告) 橋本守雄

被控訴人(被告) 武蔵野税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し平成元年三月一〇日付けでした次の各処分を取り消す。

(一) 昭和六〇年分の所得税に対する更正のうち事業所得金額一八九万〇三一六円、納付すべき税額一〇万五三〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成三年二月五日付け国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)

(二) 昭和六一年分の所得税に対する更正のうち事業所得金額一七二万五〇四九円、納付すべき税額一二万九三〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税賦課決定

(三) 昭和六二年分の所得税に対する更正のうち事業所得金額二四一万八三三五円、納付すべき税額一八万一五〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成三年二月五日付け国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

本件の事案の概要は、原判決の事案の概要欄記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

当裁判所も、本件各更正及び本件各賦課決定に違法の点はないものと判断する。

本件の争点に対する当裁判所の判断は、控訴人の当審における主張にかんがみ次のとおり敷延するほかは、原判決の争点に対する判断のとおりであるから、これを引用する。

一  推計の必要性及び本件調査の適法性について

1  本件調査の経過について

控訴人は、本件調査の経過に関する原審の認定の誤りを指摘するが、原審の認定に誤りがあるとはいえない。

控訴人は、昭和六三年一一月八日の二度目の調査の際、レジペーパー等の原始資料一切を段ボール箱に入れて用意し、調査に備えていたものであるから、被控訴人の酒部係官に対して「他にはない」旨を返答するはずがないと主張するところ、証人武田隆子の証言及び控訴人本人尋問の結果(いずれも原審)に照らすと、右のような段ボール箱が用意されていたのではないかと認められるが、同証言等によっても、酒部係官が「他に帳簿等は用意してあるかどうか」を尋ねたのに対し、(原資料は用意してあるが帳簿等は用意していないとの趣旨であるかも知れないが、それは別として)否定するような発言をし、積極的にレジペーパー等の原始資料を用意してあることを告げたものとは認めがたい。

2  本件調査の適法性及び推計の必要性について

控訴人は、被控訴人が本件調査において一律に立会いを拒否したことは不当であると主張する。

(一) 守秘義務を理由とすることについて

被控訴人は、税務調査は被調査者のみならずその取引先等の秘密に関する事項にも質問検査が及ぶことがあるところ、税務職員には守秘義務が課されているのに対し一般私人には守秘義務が課されていないから、第三者を立ち会わせることは、所得税法等が守秘義務を定めた義務に実質的に反する事態が起こると主張する。これに対し、控訴人は、控訴人自身が第三者の立会いを求めているのであるから、立ち会った者に控訴人の営業内容等を知られることは容認しているのであって、守秘義務に反しないし、取引先等に関する事項についても、被調査者たる控訴人が調査に応じて話すのだから、被控訴人の係官が守秘義務に反することにはならないなどと反論する。

確かに、控訴人の主張するようにみることもできなくはないが、守秘義務を負う被控訴人の係官として、本来個人の営業上の秘密に属する被調査者及び取引先等の営業内容にわたる事項について、それが第三者に知られることのないように配慮しながら、適切かつ十分な調査を遂げようとするのは正当なことである。第三者が立ち会った場合には、率直な質問をすることがはばかられることもあり得るし、取引の相手方等に関する事項については、控訴人自身がそれを明らかにするとはいっても、質問調査の過程で控訴人自身が予期しない事項を答えることもあるのであるから、これらが第三者に知れることになるのは、望ましいことではない(控訴人は、秘密保持を要する事項は立会人に知れないように調査することもできるというが、それは困難であると考えられる。)。そして、質問検査の方法に関しては、権限ある税務職員の合理的な裁量も認めるべきであるから、立会いの必要性と衡量すべきことがらではあるが、立会いなしに調査を進めようとすることも許されるというべきである。

(二) 立会いの必要性について

控訴人は、営業中に調査をされたので、来客と被控訴人係官の双方に対応するために立会人が必要であったというが、そのことから、第三者が調査の場に立ち会う必要までは認めがたい。また、控訴人は、当日立ち会った者は平素記帳の補助を受けていた者であるので、説明のために立ち会わせたと主張するが、控訴人自身の経理、営業等について調査するのであるから、被控訴人の係官として控訴人から直接に率直な事実を確認したいとするのはうなずけるところであり、第三者がその場に立ち会う必要があったとは認めがたい(控訴人は、立会いは不当な調査の監視の目的ないし意味があったとも述べており、単に調査に適切に対応するためのみであったとはいえない。)。

(三) 原審の認定判断及び右に判示したところによると、本件調査が違法であったということはできない。そして、被控訴人は、本件調査によって控訴人の所得を把握することができず、そのため、所得税法で認められた推計によって更正を行ったものであるから、推計課税の必要性を肯認することができる。

二  推計の合理性について

1  比準同業者の選定について

(一) 控訴人は、比準同業者の原価率が控訴人に比べて低いのは、共同仕入れ、共同発注をすること等により外注費が低く押さえられたためではないかと指摘する。しかし、原審認定のとおり、被控訴人は、控訴人の事業所の近接区域の同業者の中からいわゆる倍半基準により売上原価の金額が控訴人に近似する業者を無作為に抽出したものであって、特に原価率の低いものを選んだわけではない。また、右比準同業者は倍半基準により抽出されたのであるから、その経営規模は控訴人に近いと認められ、共同仕入れ等により大規模に営業している業者であるとはうかがえない。

(二) 控訴人は、また、控訴人自身は写真撮影サービス業務を一切していないのに、比準同業者には撮影サービスをしている者が含まれており、かつ、写真撮影サービス業務の原価率は著しく低いと指摘する。

(1) まず、控訴人の営業内容についてみると、控訴人本人尋問の結果(原審)によると、控訴人は昭和四三年に営業を始めた当初は証明写真等の撮影も行っていたが、糖尿病を患い網膜症を生じて以来、撮影や焼付けの際に焦点を定めることが困難になったため、その後撮影は行わなくなったことが認められる。

(2) 次に、比準同業者の中に写真撮影サービスを行っている者が含まれているかどうかについて検討する。

被控訴人は、比準同業者の選定に当たり、「撮影スタジオを有すると認められる者あるいは撮影を行っていると認められる者を除く」との条件を設定したとし、第一に、確定申告書及び青色決算書の「屋号」欄に「写真館」「スタジオ」などと記載されている者を除いたとする。しかし、これによって、写真撮影を主たる営業としている者は除かれるが、写真現像焼付取次業を行うかたわらこれと併せて副次的に写真撮影サービスを行っている者は除かれない。

被控訴人は、第二に、「業種目」欄に兼業種目のある者を除いたとするが、右のような副次的に写真撮影サービスを行う者が常に兼業種目として写真撮影サービスを記載するかは疑問であるから、右のような者が完全に除かれるとはいえない。また、被控訴人は、外注費のない者を除いたというが、これによっては、第一の基準の場合と同様、写真現像焼付取次業務のかたわら写真撮影サービスを行っている者は除かれない。

被控訴人は、第三に、減価償却費として写真機材等を計上してある者を除いたと主張し、証人中村範久及び同都築達夫の各証言(いずれも原審)によると、右被控訴人の主張のとおり選定したことが認められ、また、弁論の全趣旨によると、当時の減価償却費の計上の基準は、使用可能期間が一年以上又は取得費が一〇万円以上であり、かつ、償却年限にも限定のあるものとされていたと認められる。そうとすると、写真機材は、比較的簡易なものでも減価償却費として計上されているのではないかと考えられるが、他方、控訴人本人尋問の結果によると、副次的に写真撮影サービスを行うためには、必ずしも大型で高額な写真機を所有する必要はなく、一〇万円未満の比較的小型の安価な機材で行うことも少なくないとうかがえるので、安価な機材の場合にはなお減価償却費に計上されていない場合があることは否定しがたい。また、控訴人本人尋問の結果(原審)によると、控訴人と同様の写真現像焼付取次業者の多くは、副次的に証明写真等の撮影を行っている者が多いことがうかがえ、甲三〇〇号証(業界雑誌「週刊カメラタイムズ」)によると、小規模店でもその九〇パーセントは写真撮影サービスを行っていると認められる。したがって、被控訴人が写真撮影を行っている者を除こうとしたにしても、本件の比準同業者の中に副次的に写真撮影サービスを行っている者が混入している可能性は否定しがたい。

しかし、被控訴人は前記のような基準によって比準同業者を抽出したのであるから、その中に写真撮影サービスを行っている者が混入している可能性を否定できないとしても、それらの者は小型の写真機を用いて証明写真を撮影する程度の規模の者であって、かつ、副次的な営業として行っているにとどまるとうかがえるから、写真撮影サービスによる収益が大きな割合を占めるとは考えにくい。また、写真撮影サービスの原価率は取次業務に比べて低いとしても、控訴人本人尋問の結果(原審)及び証人横山良一の証言(当審)に照らすと、撮影したフィルムの現像等を他に外注するとすれば、原価率は五〇パーセント程度になることが認められるのであるから、本件の比準同業者に写真撮影サービスを副次的に行う者が混入したとしても、その全体の原価率が大きく低下するとは考えにくいところである。さらに、弁論の全趣旨によると、一般経費率はむしろ写真撮影サービス業の方が高くなるとうかがえるのであるから、この点も考慮すべきである。

ひるがえって、所得税法が推計課税を認めている趣旨を考えてみると、納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した数値をもって真実の所得金額に近似するものと認定して課税することを是認した趣旨と考えられるのであるから、推計の方法としていわゆる同業者の平均値を用いる場合には、納税者と同業者との類似性についても、業者間に無限に存在する個別的な営業条件の差異のすべてを考慮しなければならないものとは解されず、他に合理的な推計方法が存在しない場合には、当該調査対象者と近似する条件の同業者の平均値によることも許されると考えられる。したがって、本件においても、比準同業者の中に安価で小型の写真機材を用いて副次的に写真撮影サービスを行っているものが混在するとしても、そのことの故に、本件比準同業者の選択が不当であり、その平均値による推計が違法であるとするのは相当でないというべきである。

2  原価率について

(一) 控訴人は、写真現像焼付取次業の場合の一般的な原価率は約七〇パーセントであるから、本件比準同業者の平均原価率が六〇パーセント台であるのは不当であると主張する。

(1) 甲二九九号証(業界誌「全連通報」)によると、「現実の取引はラボ(焼付取次)の仕切価格はおよそ七〇パーセントというのが一般的な条件になっている。」とされている。また、甲三〇〇号証(業界誌「週刊カメラタイムズ」の写真店経営調査分析一九八八年)によると、同誌のアンケート調査による荒利益率は、昭和六二年度は平均で二・三ポイント下がって二八・九パーセントになったが、規模別にみると、小規模店が三〇・七パーセントとなっていることが報告されている。もっとも、小規模店の中でも売上高が一〇〇〇万円から二〇〇〇万円までの層では荒利益率は三五パーセントになっている(現像焼付取次だけの荒利益率は小規模店の平均が三〇・七パーセント、売上高が右と同じ層では二八・四パーセントとなっている。)。

(2) 右の資料によってみると、小規模写真現像焼付取次業者の平均的な原価率は約七〇パーセント前後であるにしても、そのうち控訴人に近い規模の場合は原価率が六五パーセントというのであり、これと対比すると、被控訴人の抽出した比準同業者の平均原価率は必ずしも著しく低いとはいえない。

(二) 控訴人の原価率について

(1) 控訴人の営業内容

甲一号証(控訴人作成の売上表)の売上金額は正確とはいえないが、仮に控訴人の営業の種類及び売上金額の割合を甲一ないし甲三号証によってみると、次のとおりと認められる。

(営業の種類)     (昭和六〇年) (昭和六一年) (昭和六二年)

フィルム、カメラ等の販売  二四・四%   二七・一%   二四・六%

現像焼付取次        七〇・九    六七・二    七一・四

写真機材の修理        一・二     一・九     一・三

ラミネート          〇・二     〇・四     〇・一

宝くじ            一・五     一・五     一・四

ダビング           一・五     一・七     〇・八

雑収入            〇・三     〇・二     〇・四

(2) 写真現像焼付取次の原価率について

甲三三号証の一の東洋現像所の請求書には「納品金額」、「仕切金額」、「値引率」、「値引額」が記載されているところ、控訴人は、「納品金額」は控訴人が顧客に小売する金額、「仕切金額」は東洋現像所が控訴人に請求する金額、「値引金額」は控訴人の利益、「値引率」はその割合をそれぞれ示すものであると主張し、甲三七号証の一のイマジカの請求書についても同様の表示がされていると主張する。控訴人自身はこの点について明確な供述をしていないし、例えば甲一九号証の一のアサミカラーの請求書にも「買上高」、「値引率」、「値引高」、「純お買上げ高」の各項目があるが、これらはアサミカラーから控訴人に対する原価についての正規の金額と値引額を示すものと考えられるので、東洋現像所及びイマジカの場合が控訴人の主張のとおりの内容を示すものかについては疑問があるが、この点が控訴人の主張のとおりとすると、東洋現像所及びイマジカの分の一部につき、個々の単価についての「仕切金額」と「納品金額」の差の「値引率」は、おおむね三〇パーセントのものと二〇パーセントのものがあると認められる。

次に、証拠(甲五五ないし五九号証、一二二ないし一二四号証、七二六、七二七号証、七三〇号証の1、2、証人横山良一の証言(当審))によると、他の外注先については、控訴人が顧客に対する小売の単価を外注先に知らせると、写真の納入袋に小売価格を印刷して控訴人のもとに送付する扱いになっており、控訴人はこの納入袋を利用して顧客に出来上がった写真を渡しているごとくである。

そして、控訴人は、これらを基に、個々の商品ごとに外注した数量に小売単価を掛け合わせて販売高を算定し、原価率を算出しているものとみられるところ、右は、実際の販売高を直接示したものではないとみられるが、小売単価の明らかなものについては販売高もほぼ正確な金額を示すのではないかと考えられる。そして、これらにより、控訴人は、控訴人の写真現像焼付取次の原価率は七〇パーセントを超えていると主張する。

これらによる限り、控訴人の写真現像焼付取次に係る原価率は、控訴人の主張のものに近いのではないかとも考えられるが、取引全体としての金額の計算の根拠・資料の正確性が明らかでないから、控訴人主張のとおりであると断定することはできない。

(3) フィルム、カメラ、写真用品等の販売の原価率について

これらのうち多くを占めるのはフィルムであるところ、控訴人は、フィルム販売の原価率について、仕入原価については、請求書等に基づいて算定し(原価の総体がおおむね被控訴人が反面調査等により把握した金額に近いことは、原審認定のとおりである。)、小売単価については、納品書、業界の価格のリスト、控訴人の記憶等により算定し、原価率を算出した。そして、その小売単価が正確であるとすると、その原価率は八〇パーセント強となると認められる。

カメラ等については、明確に原価率を算定することはむつかしいとみられる。

(4) そして、控訴人は、現像焼付取次及びフィルム等の販売が控訴人の営業の大半を占めるから、控訴人の全体の原価率も七〇パーセントを下回ることはないと主張するところ、右のとおり、資料等の正確性が明らかでないから、その主張のとおりであると断定することは困難である。

(三) 比準同業者の原価率について

これに対し、被控訴人が推計の基礎とした比準同業者の原価率は、原審判示(原判決別表六ないし八)のとおりであり、いずれも六〇パーセント台(ただし昭和六一年のB業者のみ五八・一四パーセント)である。そして、控訴人は、比準同業者の中から写真撮影サービスを行う者を完全に除いていないことが控訴人との差の原因であると主張するが、先に検討したとおり、比準同業者の中に副次的に写真撮影サービスを行う者が一部混在する可能性を否定できないにしてもそれはごくわずかの割合と推定される。そして、右比準同業者の数は各年度三名であって少ないものの、その売上金額、売上原価はいずれも信頼のおけるものであり、したがって、その推計が合理的といえることは原審の判示するとおりである。

そして、前記のとおり、業界誌の調査によると、控訴人あるいは比準同業者とほぼ同規模業者の原価率は、取次業者で約六五パーセントという算定もあるのであるから、本件比準同業者の原価率はおおむね首肯できるところである。

もっとも、比準同業者のうち、昭和六一年のB業者の原価率は五八・一四パーセントであって、他の業者の売上原価率がいずれも六〇パーセントを超えているのに比べて相当に低いが、他方右B業者は一般経費率が相対的に高いので、この点はやや配慮を要するとも考えられる(仮にB業者を除くと、昭和六一年のAC業者の平均の売上原価率は、六四・七一パーセント、一般経費率は五・〇六五パーセントとなる。そして、試みにこれを基に同年の控訴人の総所得金額を仮に算定すると、六一八万九五九二円となり、右金額でも更正に係る総所得金額五二四万八八九一円を相当上回ることになる。)。

3  一般経費率について

(一) 被控訴人の比準同業者の選定について

控訴人は、被控訴人が審査請求段階で挙げた一般経費率の高い比準同業者を本件訴訟においては除いたなどとして、被控訴人の選出が恣意的であると主張する(なお、控訴人の指摘する業者の一般経費率は、昭和六〇年が九・五七パーセント、昭和六一年が八・六四パーセント、昭和六二年が九・四三パーセントとされている。)。しかし、被控訴人は、本件訴訟においては、より厳格な基準に基づいて比準同業者を抽出した結果原判決別紙四ないし六の業者を選定しているのであって、一般経費率の高い業者を恣意的に除いたとは認められないから、控訴人の批判は当たらない。

(二) 収入金額と必要経費の個別的対応の立証について

控訴人は、推計に対し納税者が実額を主張する場合でも、必要経費の実額について総収入金額との対応を納税者に立証させるのは、立証責任を転倒させた誤った判断であると主張するが、元来、必要経費は総収入金額を得るために必要なものに限られるところ、税務当局において納税者の収入等を調査をすることができないため推計課税によることが必要やむを得ない場合において、推計が合理性を有する場合には、これに対し納税者が実額をもって推計額を争うために、総収入金額と必要経費の対応関係について立証しなければならないとしても、立証責任の分配に関する原則に反するものとは解されない。

(三) 写真現像焼付取次業における売上と一般経費の関係について

控訴人は、写真現像焼付取次業の性格からして、個別的対応を求めることは無意味であると主張する。確かに、控訴人の場合、自宅とは別に店舗を賃借して営業しているものであり、また、他の営業をしているとは認められないから、個々の写真の取次の売上等と経費の対応まで立証を要求するのは相当でないが、控訴人が経費と主張する出費については、業務のため必要なものであることについて立証することを要求されることは当然のことであり、控訴人の批判は当たらない。また、納税者が必要経費の実額であると主張する金額が一般同業者のそれに比べて余りに高い場合には、そのゆえんを立証すべきものと思われる。

(四) 控訴人の経費率の特殊性について

控訴人は、控訴人の営業する地域は競争が激しいので、広告宣伝費を多額に支出せざるをえないために一般経費が多くなっていると主張し、確かに、弁論の全趣旨によると、広告宣伝費が相対的に多額であるとうかがえる。

しかし、控訴人は、結局は、自己の一般経費の実額を主張し、これによって被控訴人の推計による一般経費率を批判するものであるところ、控訴人の立証に係る一般経費については、支出を裏付ける書証の提出がないもの、控訴人の事業との関連性に疑問がありむしろ家事費と疑われるもの、購入した物品が不明であるものが含まれており、領収証等に記載された控訴人のメモもそのまま信用してよいかに疑問があるのであって、控訴人の主張する一般経費の額をそのまま控訴人の事業のためのものとして認めることはできない。

(五) そして、推計による場合は、一般経費率に関しても、比準同業者の抽出に当たって業種及び業態、事業所の近接性、事業規模等の基本的な要因において基準が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値を算出する過程で捨象されるものというべきであり、控訴人の主張する事情は被控訴人の推計方法を不合理ならしめるほどに顕著なものということはできない。そして、被控訴人が本件訴訟において主張する比準同業者の抽出及びその収入売上原価の金額等は信頼できるものであるから、一般経費の額及びその平均値である一般経費率についても合理性があるといわなければならない。

4  そして、所得税法は推計課税を認めており、本件においては、前記認定のとおり、調査によって控訴人の所得を把握することができなかった場合であって推計課税をすることがやむを得なかったのであり、その推計に合理性が認められる以上、調査について納税者たる国民の立場を一層考慮するとともに、当該納税者の個別事情に十分配慮し業界全体の原価率等をも斟酌して課税額が過多にならないよう配慮すべきことは当然としても、合理性の認められる推計によって課税することを違法とすることはできない。

三  実額による事業所得金額について

1  控訴人は、収入金額の算定に関し控訴人のレジペーパーはほぼ正確であり、控訴人の主張する収入金額は真実であるとしていくつかの点を主張する。

(一) 控訴人は、売上の明細を示すロールペーパーにつきその一部を提出しているものの、全体としては集計部分のみを提出するにとどまっている。ところで、甲二八四ないし二八六号証は集計の基になるロールペーパーの一部であるが、その部分については集計部分と対応していると認められる。しかし、それはごく一部であり、全体の明細が不明であるため、結局において、売上の記録のもれがないかを全体として確認することができない。

(二) レジペーパーは日々の売上及び現金収入を管理するための重要な資料であるから、営業日ごとに作成されるべきであるが、控訴人のレジペーパーは、二日ごとに集計されている。この点につき、控訴人は、本人尋問において、レジペーパーを節約するためと、売上が必ずしも多くないので、二日ごとに集計していると供述するところ、そのことだけからはレジペーパーの記載が正確であるとも不正確であるとも判断することはできない。しかし、控訴人はレジペーパーと現金とを毎日照合することをしていないというのであり、こうした点をも合わせると、レジペーパーの記載の信用性に疑問が残るところである。

(三) 控訴人は売掛金の回収額も現金売上と区別せずにレジスターに入力しているとしているが、この点が確認できないこと、宝くじの売上や現金管理についてもレジペーパーでは確認できないこと等の問題点があることは原審判示のとおりである。

(四) ところで、控訴人は、レジペーパーは必ず打つものであり、顧客もこれを受け取らない者はいないから、売上の記載もれはないと主張する。一般にはそのようにいうことができるが、そうとしても、これを裏付ける資料あるいはこれと対応する資料がない以上、なお、集計されたレジペーパーの提出をもって総収入金額を合理的な疑いを容れないほどに立証されたものということはできない。

2  そうすると、控訴人の実額の主張はある程度うなずける面もあるが、これを裏付ける資料が十分でなく、また、再三述べたように、推計に合理性がある以上、それを覆すに至るものとはいえないといわざるを得ない。

第四結論

以上の次第で、本件各更正及び本件各賦課決定を違法とすることはできないから、控訴人の請求は失当である。原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 岩井俊 佃浩一)

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